伊佐子のPetit Diary

何についても何の素養もない伊佐子の手前勝手な言いたい放題

京都花月と吉本新喜劇

 


昔、京都の新京極通りに京都花月があったのを覚えている。
新京極の三条通四条通の間くらいにあって、新京極を歩くたび京都花月の前を通ったものだ。


大阪のなんば花月と同等くらいの芸人さんたちが入れ替わりで舞台に立っていたようで、劇場前の看板に有名な漫才師や新喜劇の宣伝がかかっていた。
一度もその京都花月にはお邪魔したことはなかったのだが、学校の同級生は吉本新喜劇のある人の追っかけをしていたと言っていた。
それを聞いて驚いたことがある。
アイドルやスターでなく、芸人さんの追っかけをしていて足しげく京都花月に出入りしていたというのだ。

 

一度、新京極を歩いていた時、衣装を着けたままのチャンバラトリオの面々が急いで北へ走っていく所に遭遇したことがある。
びっくりしたと同時に本物を見られて嬉しかったことも覚えている。
チャンバラトリオさんたちはキツキツのスケジュールで京都花月に駆け込むのだと思った。
彼らは笑いながら、照れながら衣装のまま走っていた。
あれは新京極での忘れられない思い出だ。

 

 

 

京都花月は1987年に閉館したという。
建物の老朽化などのためだったそうだが、京都での興行が難しかったのかもしれないとも思ったりした。


のちに京都では花月は2011年に祇園にある祇園会館を祇園花月として開館した。
その祇園花月も2025年8月に閉館した。
やはり京都では花月は根付かなかったのかも…。

 

 

最近、京都新聞にかつての京都花月を偲んだ写真展が新京極のろっくんプラザという所で開かれているという記事が掲載されていた。
懐かしい気持ちになり、行ってみることにした。
祇園花月が閉館してしまったことで、それより以前にかつて新京極にあった笑いの原点、京都花月を振り返るという趣旨だった。

 

 

 


ろっくんプラザというのは新京極通六角にあるちょっとした空きスペースだった。
そんな名前がついているとは知らなかった。
広場というほども広くない場所に背の低いフェンスが作られていて、そこに京都花月の歴代ポスターが飾られているのだった。

 

 

 

 

 

ほんの少しの小さなスペースだったが、往年の京都花月の面影を色濃く反映したそれぞれのポスターやチラシにこれぞ花月、これぞ吉本、と、賑やかだったころの花月を思い、ウキウキしてしまった。
京都花月に一度も行ったことがなかったのが残念になった。
一度は行ってみれば良かったなあ、と。

 


京都花月は戦前の1936年に開館したといい、当時のモノクロのチラシがあって時代を偲ばせたし、


女性漫才の懐かしい今行くよ・くるよのモノクロポスターもあった。

 

かと思えば志ん朝・仁鶴二人会という本格的な落語会も行われたらしい。
桂三枝時代の文枝さんの独演会もあったのだ。
あの頃もっと知っていれば行っていたのに残念。(´・ω・`)


中でも最も派手で面白げなのはやはり新喜劇だ。
懐かしい、そして今も現役の面々がポスターに並んでいるのが楽しい。

紳助・竜介も、さんまさんも、大助・花子もサブシロも京都花月の舞台を踏んでいたのだ。
思えばなんと豪華な。

仁鶴さんややすし・きよし、桂文珍さんらは京都花月が初舞台だったそうだ。

 

 

 

 

吉本新喜劇といえば先日、12月10日・夜のゴールデンタイムに4チャンネル(MBS━TBS系列)で「よしもと新喜劇・関西人1000人が選んだ人気ギャグランキングベスト66」という特集番組が2時間にわたって放送されていた。
もしかして関西でのみの放送だったかもしれない。

 

録画しておいて見たが、なつかしの有名ギャグが貴重な映像を交えて次から次へとテンポよく放送された。
それを見ていて自分はつくづく吉本新喜劇のギャグが血肉と化しているのだと改めて感じ入ったのだった。

 

末成由美さんの「ごめんやしておくれやして ごめんやっしゃ」は第2位に選ばれていたが、大好きなギャグだったし、
第1位だった桑原和夫さんの「ごめん下さい。どなたですか?桑原和子です。お入りください。ありがとう」も大好きだった。

 

未知やすえさんの「怖かった…」も大好きで、
池乃めだかさんの「見下げてごらん」「これくらいにしといたら」には大笑いした。

 

よしもとのギャグは下品なものも多くて岡八郎の「くっさ~」とか、間寛平の「かいい~の」とか。
チャーリー浜の「ごめんくさい」もあったなあ…。
普通なら顰蹙もののギャグも演者が大げさな身振りで笑いに変えてしまうのだった。

チャーリー浜といえば「…じゃあ~りませんか」も面白かったなァ

よしもとギャグを語り出したら止まらない(>_<)
辻本茂雄さんの独特なイントネーションで「許したったらどうや?」というのも大好きだった。


やはり吉本は青春…というか、関西人にとっては食卓のポットのようなもので生活に欠かせない潤滑油のようなものなのだった。


もう一つ。
桑原和夫さんのギャグで「神様~ごめんなさい」と泣き崩れ、最後に「ご清聴ありがとうございました」というのがあったが、このギャグも好きだった。
私は桑原和夫さんが好きだったのだ。
晩年はおばさん役が多かったけれど普通の桑原和夫さんの時から好きだった。

 

 

その桑原さんが「神様~」と言う時のバックに流れる音楽が「チゴイネルワイゼン」なのだった。
関西人はサラサーテチゴイネルワイゼンというと即座に桑原和夫を思い出す。
それくらい桑原さんの「神様~」は浸透していた。

 

のちにNHK杯を見ていた時、新人の羽生結弦チゴイネルワイゼンで滑っていた。
それが始めて見た羽生結弦で、目の覚めるような素晴らしい4回転を跳んでいて驚かされたのだが…、

その後、羽生選手がチゴイネで滑るたび、私の脳内では桑原和夫の「神様~」が流れていて大変困ったことは忘れない💦
羽生選手、あの頃はほんと、ごめん<(_ _)>

 


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